1970年代後半,エレクトロニクス技術の進歩と関連して,新たな有機材料の開発が必要となり,染料や顔料の機能性が見直された。染色用染料では繊維への染着性や堅牢性が重要であった。しかし,新たな分野では外部刺激による変色,光導電性,昇華性,特定波長での吸収蛍光,二色性,増感作用やエネルギー移動等の機能性が重要となってきた。大阪府大の故北尾教授,故松岡教授,中澄教授等が中心になってこの分野を牽引し,これらの先端技術分野で使用される色素を「機能性色素(Functional Dye)」と名付けた。
1990年代前半には,感圧・感熱色素や電子写真用の有機感光体(OPC)の電荷発生用色素等が実用化された。1990 年代後半には,CD-RやDVD-Rの記録用機能性色素やインクジェットやDye Diffusion Thermal Transfer (D2T2) のプリンター分野を中心とした表示用機能性色素も実用化されるに至った。
この分野ではこれまで日本の企業が世界を牽引してきた。しかし,最近ではこの情勢は変化しつつある。平成27年6月に経産省から公表された「機能性素材産業政策の方向性」や平成27年1月にみずほ情報総研から発表された「平成26年度製造基盤技術実態等調査(機能性素材動向調査)報告書」が最近のデータを示している。
1993年にICIが事業ポートフォリオの入れ替えを行い,それに追随するようにして欧米の機能性素材メーカーの事業再編が行われた。各機能性素材メーカーは,その強みのみを追求する戦略をとり,市場規模の大きな建築用化学製品や産業用洗浄剤分野で存在感を増した。それに対して我が国の機能性素材メーカーは,川下ユーザーとの良好な関係を通じて,主に中規模の素材産業分野で技術的な進化を遂げた。ディスプレイ等の電子材料分野での高機能化学品は有力ユーザーのお膝元で育った。しかし,この分野でもここ数年で韓国,台湾,中国,インド等のアジア勢の伸長が著しくなってきた。2005年の液晶ディスプレイ材料の分野では,カラーレジスト,ブラックレジスト,偏光板,カラーフィルタの各分野での日本企業のシェアは91,94,68,95 %であったが,2012年にはそれぞれ63,61,60,11 %になった。
機能性素材産業については世界レベルでの問題点として以下の3点が指摘されている。即ち,
1. 特に米国やドイツ等の先進国で,豊富な基礎研究の成果を速やかに実用化に結び付ける必要性,
2. 産業蓄積を総合的な競争力に結び付けていく川下連携やクラスター政策,
3. 公的/民間研究機関の活動を有機的,効果的にコーディネートしていくネットワーク組織の活用,
である。これにより,研究所の設立,経済支援,連携支援,人材養成支援が実施されてきている。
このように,機能性素材分野での競争環境はここ数年で大きく変化しつつあり,電子材料分野では一日の長のある我が国も予断を許さない状況にある。しかしながら,主に電子材料分野に材料を供給する機能性色素の分野は日本のお家芸でもあり,これまでの我が国の優位は揺るがないと考える。したがって,本書ではこれまでの歴史を踏まえつつ,今後の展開を探ることに焦点を当てた。本書が機能性色素の分野の発展に少しでも寄与できれば幸いである。
2016年10月
岐阜大学 松居正樹
【総論】
第1章 機能性色素の現況
1 感熱・感圧色素
2 熱転写色素
3 カラーフィルタ用色素
4 二色性色素
5 記録用色素
6 インクジェット色素
7 有機光電導体(OPC)の電荷発生材料
8 トナー
9 太陽電池用色素
10 医療用色素
11 波長変換色素
12 センサー色素
13 その他
第2章 機能性色素の構造・物性の評価と設計
1 はじめに
2 色素分子の電子状態
3 固体状態の色素の電子状態の検討
4 機能性色素の分子設計について
【新規合成技術編】
第1章 新規スクアレン色素の開発
1 はじめに
2 縮合反応によるスクアレン色素の合成
3 触媒的クロスカップリングによるスクアレン色素の合成
4 スクアレン発色団への官能基の導入と応用展開
5 おわりに
第2章 分子の自己組織化を用いた新規の機能性色素開発
1 はじめに
2 分子の自己組織化を利用した共結晶デザイン
3 分子の自己組織化を利用した多成分結晶の調製
3.1 多成分結晶の設計と構造
3.2 多成分結晶の光機能特性
3.3 有機化合物センサーへの応用
4 おわりに
第3章 フタロシアニン系近赤外色素の合成技術
1 はじめに
2 アズレン縮合型フタロシアニン誘導体(アズレノシアニン)
3 芳香族性ヘミポルフィラジン
4 拡張型フタロシアニン
5 おわりに
第4章 ホウ素錯体色素の開発
1 はじめに
2 有機ホウ素錯体と蛍光特性
3 有機ホウ素錯体の表記法
4 N^N型ホウ素錯体
4.1 対称型BODIPY色素の合成法
4.2 非対称型BODIPY色素の合成法
4.3 BODIPY色素のメソ位(8位)への置換基導入法
4.4 BODIPY色素のβ位(2位および6位)への置換基導入法
4.5 BODIPY色素のα位(3位および5位)への置換基導入法
4.6 BODIPY色素のβ’位(1位および7位)への置換基導入法
4.7 BODIPY色素のホウ素原子上(4位)への置換基導入法
4.8 BODIPY色素の吸収および蛍光特性
4.9 BODIPY色素のメソ位の置換基の吸収・蛍光特性への影響
4.10 BODIPY色素のα位,β位,β’位の置換基の吸収・蛍光特性への影響
4.11 BODIPY色素のホウ素原子上の置換基の吸収・蛍光特性への影響
4.12 縮環型BODIPY
4.13 アザBODIPY
4.14 BODIPY色素における固体蛍光発現のための指針
4.15 ピリドメテンホウ素錯体
5 O^O型ホウ素錯体
6 N^O型ホウ素錯体
6.1 チアゾール単核ホウ素錯体
6.2 ピラジン単核ホウ素錯体
6.3 ピリミジン単核ホウ素錯体
6.4 ピリミジン二核ホウ素錯体
6.5 キノイド型二核ホウ素錯体
7 おわりに
第5章 シアニン色素の新展開
1 はじめに
2 高耐熱性ヘプタメチンシアニン色素の開発
2.1 ヨウ化物イオンを有するヘプタメチンシアニン色素(GF-8)の合成
2.2 各種アニオンを有するヘプタメチンシアニン色素の合成
2.3 各種アニオンを有するヘプタメチンシアニン色素(GF-8,9,10,11,15,16,17)のジクロロメタン(CH2Cl2)溶液中での紫外可視吸収および蛍光スペクトル
2.4 各種アニオンを有するヘプタメチンシアニン色素(GF-8,9,10,11,15,16,17)のTG-DTA測定
3 高耐光性ヘプタメチンシアニン色素の開発
3.1 メソ位に各種アミド基を有するヘプタメチンシアニン色素の合成
3.2 メソ位に各種アミド基を有するヘプタメチンシアニン色素のアニオン交換
3.3 メソ位に各種アミド基を有するヘプタメチンシアニン色素(GF-20,30)のCH2Cl2溶液中での紫外可視吸収および蛍光スペクトル
3.4 メソ位に各種アミド基を有するヘプタメチンシアニン色素(GF-20,30)のTG-DTA測定
3.5 分子軌道計算によるヘプタメチンシアニン色素のカチオン部分の構造
3.6 色素(GF-8,15,17,20,30)のジクロロメタン溶液中での耐光性試験
4 おわりに
【実用化動向編】
第1章 エレクトロニクス分野
1 ディスプレイ用二色性色素の開発
1.1 液晶ディスプレイ市場と偏光板の要求の変化
1.2 染料系偏光板の特徴
1.3 新規高性能染料系偏光板の開発
1.3.1 新規染料偏光板の光学特性
1.3.2 新規染料偏光板の耐久性
1.4 色相制御可能な偏光板の開発
1.4.1 偏光板の色相の問題
1.4.2 各波長における二色性の制御
1.4.3 各波長の二色性を制御した偏光板の光学特性
1.5 終わりに
2 有機EL用発光材料の開発
2.1 はじめに
2.2 発光材料の分類
2.3 蛍光材料
2.4 りん光材料
2.5 TADF材料
2.6 おわりに
3 マイクロレンズアレイの開発
櫻井芳昭
3.1 はじめに
3.2 マイクロレンズアレイの作製方法
3.3 電着法によるカラーマイクロレンズアレイの作製
3.3.1 ITOガラス基板上への単色マイクロレンズアレイの作製
3.3.2 シリコン基板上への三色マイクロレンズアレイの作製
3.4 まとめ
第2章 エネルギー変換分野
1 ppmドーピングによる有機半導体のpn制御と有機太陽電池応用
1.1 はじめに
1.2 ppmドーピング技術
1.3 pn制御
1.4 ケルビンバンドマッピング―キャリア濃度とイオン化率―
1.5 共蒸着膜のpn制御
1.6 ドーピングイオン化率増感
1.7 最単純n+pホモ接合におけるppmドーピング効果
1.8 まとめ
2 フタロシアニン誘導体の太陽電池素子への応用
2.1 はじめに
2.2 フタロシアニン
2.3 有機化合物系太陽電池
2.3.1 有機薄膜太陽電池
2.3.2 色素増感太陽電池
2.4 まとめ
3 有機太陽電池材料を目指した新規ポルフィリノイド系有機半導体の開発
3.1 はじめに
3.2 ポルフィリノイド系色素
3.3 有機太陽電池におけるポルフィリン色素
3.4 有機薄膜太陽電池
3.4.1 p-nバルクヘテロ接合型OPV用有機半導体
3.4.2 p-i-nバルクヘテロ接合型OPV用有機半導体
3.4.3 p-nヘテロ接合型OPV用有機半導体
3.5 おわりに
第3章 医療分野
1 分子認識用色素;蛍光センサーの開発動向と利用
1.1 はじめに
1.2 設計指針
1.3 Dexter型エネルギー移動
1.4 光誘起電子移動(PET)
1.5 蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)
1.6 励起状態分子内プロトン移動(ESIPT)
1.7 凝集誘起発光(AIE)
1.8 近赤外光の利用
1.9 結語
2 光線力学的療法用色素の開発
2.1 はじめに
2.2 一重項酸素1O2発生の評価法
2.3 ポルフィリン系光増感色素
2.4 フタロシアニン系光増感色素
2.5 BODIPY系光増感色素
2.6 キサンテン系およびフェノチアジニウム系光増感色素
2.7 ピリリウム系,アジニウム系およびスクアリン系光増感色素
2.8 複素多環系光増感色素
2.9 遷移金属(Ru,Pt,Ir)錯体系光増感色素
2.10 おわりに